「私・的・空・間」の超私的なレビュー…シリーズ化決定 岩崎宏美、
オリジナルアルバムのCDによる復刻シリーズ、すでにすべてのラインナップがリリースされましたが、私はまだ高い頂をはるかかなたに見上げながら登りだしたばかり。1枚ごとに骨までしゃぶりつくすように、あーでもないこーでもないと考えながら、おそらくはたからみれば気持ち悪い笑みを浮かべて、聞く日々をすごしております(馬鹿ですね)。
前回紹介した「夕暮れから…ひとり」に続いて現在聞いているのが4月リリース分の「私・的・空・間」。1983年リリースですから、日本のポップスにどっぷりはまっていた頃ですので、当時も何度も何度も繰り返し聞きいた思い出のアルバム。あれから25年、ずっとCD化を待っていたという思いから、最初はただただ興奮しながら聞いていたわけですが、リリースされて2ヶ月、少し落ち着いて冷静な耳を傾けてみても、長い間CD化を待ち焦がれていただけのクオリティを持っている作品であることを、聞き返すたびに納得するばかり。
前回の「夕暮れから…ひとり」のレビューが「長すぎる/分割して」の物言いがつきましたので、今回はシリーズ化決定

、前後編プラスおまけのできれば3部構成でこの「私・的・空・間」をご紹介したいと思います。ご紹介するからにはひとりでも多くの方に音を聞いていただけるようにがんばりますのでよろしくお願いします。
読んでいただいた後で「必死すぎ!」とご批判したくなる方もでてくるかと存じますが、「必死上等!」、こんなに必死のパッチになれる作品に25年前に出会えていた幸せを書き上げるつもりですのでご勘弁ください。
CD以外でも手軽に聞けます 「私・的・空・間」は全曲TOWER RECORDのサイトで最初の数十秒を聞くことができます。CDをお持ちでない方はぜひそちらのほうで音を聞きながら読んでいただければ幸いです(試聴できるページは
こちら
)。
また、楽天ダウンロードおよびiTuneで、「家路(テレビバージョン)」以外の曲を1曲単位で試聴/購入できます。各曲紹介にリンクを作りましたので聞いてみて気に入っていただければこちらはお気軽にご購入いただけると思います。また楽天ダウンロードではアルバムとしご購入の場合は10曲で1600円と1曲(200円)ずつ購入するより割引になりますが、アナログ盤に収録された10曲以外のボーナストラックは別売りとなりますのでご注意ください。
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散りばめられたAORエッセンスを探して アルバム紹介の前段で個人的な話が長くなって申し訳ございませんが、洋楽を聞き出したきっかけが1983年夏のダイアナ・ロスのセントラルパーク
コンサートが翌年の
お正月に日本でテレビ放映されたのを見たのがきっかけですので、このアルバムがリリースされた1983年夏といえば、まだ歌謡曲&ニュー
ミュージックに分類されていたJ-POPに夢中な日々。その後は極端に洋楽へシフトして、MTV全盛の80年代の
サウンドだけには飽き足らず、その後は60年代のモータウンサウンドやバカラック、70年代のソウル/ディスコなどをさかのぼって追いかけるようになり、そして90年代に入ると日本で盛り上がったAORサウンドのリバイバルブームにはまって再び80年代物にさかのぼったりすることになっていきます。そんな、どっぷり洋楽の深みにはまった生活をすごしてから、改めてこの「私・的・空・間」を聞きなおしてみると、全編に渡って、当時日本の音楽シーンに影響を与えていたAORサウンドのエッセンスが散りばめられていたことに気づかされます。
日本だけでなく、当時はデヴィッド・フォスターを中心にエアプレイ/TOTO系のミュージシャンを起用してアルバムを作るというのがアメリカの音楽シーンでも流行になっていて、流行の先駆けとなったボズ・スキャッグスに代表されるAOR系アーティストだけでなく、ポール・アンカやバーブラ・ストライサンド、カントリーのケニー・ロジャースまでがそれが大物の証と言うかのようにこぞって彼らとレコーディング。そんな中で特に熱心だったのが、ライオネル・リッチーを皮切りにマイケル・ジャクソン、ディオンヌ・ワーウィック、ダイアナ・ロスといった従来のブラックミュージックの殻を打ち破たブラックコンテンポラリーのスーパースター達。ディスコ歌謡でデビューし、マイケル・ジャクソンやダイアナ・ロスのファンであったソウルフリーク岩崎宏美が、80年代にAORサウンドを取り入れたアルバムをレコーディングしたのも当然の流れだったと思えるのも今だからであって、当時は知る由もありませんでした。
そんな妄想を膨らませながらCD化された「私・的・空・間」を聞いていると、教科書ともいえるAOR作品が聞きたくなってボズ・スキャッグスやピーター・アレン、マイケル・マクドナルドなどのCDを棚からだしてきて積み上げ、またまたあーでもないこーでもないと「私・的・空・間」に収録された曲のルーツを探す旅へと旅立ってしまいました。まさにこれが底なし沼。そしてそれらを聞けば聞くほど、前作「夕暮れから…ひとり」に収録された「エトランゼ」にこめられていたデビッド・フォスター・アレンジへのオマージュを1枚のアルバムにまで広げたのが「私・的・空・間」ではなかったのだろうかという思いを深める結果になりました。何曲かではオマージュを通り越していますしね

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それはどれほど当時の日本人がデヴィッド・フォスターに過剰な片想いを抱いていたかということの象徴でもあり、その翌年に実現するフォスターやTOTOのスティーブ・ルカサーとレコーディングへの布石となったことも付け加えておかなければならないでしょう。岩崎宏美こだわりの曲ごとに表示されたミュージシャンのクレジットなんていうのはまさにそういったエアプレイ/TOTO系のミュージシャンを起用した作品の多くがそれを誇示するために使った常套手段でしたし、そういったところにも岩崎宏美とそのスタッフ達のAOR作品への傾倒が垣間見られます。その後、デヴィッド・フォスターは鍵盤よりそろばんをはじくほうに熱心になり、日本人の片想いを見事にそでにするわけですから、罪な男です。
ライナーノーツでアルバムのジャケットデザインについて「ニューミュージックの方たちの影響」と岩崎宏美本人のコメントが引用されていますが、当時そんなニューミュージックの方達(山下達郎、南佳孝、八神純子etc)こそ、日本で一番AORサウンドの影響を受け、ジャパニーズAORを発信していたことも見逃せません。松任谷由実とあえて松任谷正隆のと書かせていただきますが1982年リリース「PEARL PIERCE」なんて極上の和製AORサウンドですよね。本来ならそのあたりの作品群も聞いた上で関連性もご紹介したいところですが、いよいよ底なし沼の底が見えなくなってしまいますので今回は涙を呑んであきらめました。
A面編 まず、「真珠のピリオド」「無口なヴィーナス」「二人の午後に」「テンペスト」「私に戻るとき」、アナログ時代でいうところのA面の5曲をご紹介します。ここから先、いよいよ本編突入となりますがいつものように超長文になりますので、シリーズとして分割したとはいっても、ご覚悟くださいませ

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