2011年03月03日

時のほとりで シャーリーン(&スティービー・ワンダー)

シャーリーンという歌手を覚えていますか?
 80年代に洋楽に耳を傾けた者ならロマンティックでメロウなメロディーを持つ「愛はかげろうのように/I've Never Been To Me」を懐かしく思い出される方は多いのではないでしょうか?それ以後も、テレビ番組のBGMなどで使われたり、テレビドラマ「ヤヌスの鏡」の主題歌として椎名恵が「ラヴ・イズ・オール~愛を聴かせて」[YouTube]というタイトルでカバーしヒットさせたり、90年代にはドラッグクィーン達のロードムービーとして話題をさらった「プリシラ」でも劇中ステージのシーンで印象的に使われていたりしたので、YouTube[こちら]などをチェックされてみれば、「聞き覚えがある!」とおっしゃる方が少なくないはずです。
 その「愛はかげろうのように/I've Never Been To Me」を歌っていたのが白人の女性シンガー、シャーリン。なぜ「白人」とわざわざ書く必要があったかというと「愛はかげろうのように」はアフロアメリカンの名門レーベルモータウンからのリリースだったからなのです。1977年に一度リリースされながらまったく売れず、80年代に入ってラジオ局から火がついて再びリリースされ1982年5月22日付ビルボードチャートで3位まで上昇する大ヒット曲となった逸話も大変話題となりました。ヒットチャートやラジオ局のエアプレイ枠が利権まみれとなってしまった昨今のミュージックシーンにはない「いい話」ではございますが、シャーリーンは残念ながらヒットが続かず、「一発屋」として語り継がれることとなってしまいました。
 幸か不幸か美しくて柔和な歌声に類似性のあるカーペンターズのカレンやオリビア・ニュートンジョンが日本でも絶大な人気を誇っていたことから、彼女たちのヒット曲と混同されている方もいらっしゃるかもしれません。84年ぐらいから洋楽を真剣に聞き出したのでこの曲については後追いとなってしまう私も、最初に「愛はかげろうのように」を聞いた時、オリビアのベストに入ってるんじゃないか?なんて探してみたことがあります。しかし、今回ご紹介するのはその「愛はかげろうのように」ではなく、「ネット上であまりレビューなども見かけることないCDで、かつ自分もあまり聞いた記憶がないものを聞いてみよう!企画」第2弾として、「愛はかげろう」大ヒット直後の1982年秋にリリースされたアルバム「時のほとりで/Used To Be」を取り上げてみます。

モータウンの大看板スティービー・ワンダーとのデュエット
 「愛はかげろうのように」の大ヒットで急に多忙となったシャーリーンのスケジュールを縫って制作されたアルバム「時のほとりで/Used To Be」[YouTube]は「愛はかげろうのように」の作曲者でもあるロン・ミラーとケン・ハーシュが中心となって制作されていますのでその路線を継承した作品を意図していたはずです。
 オープニングを飾るのは当時のモータウンの大看板スティービー・ワンダーとのデュエットのタイトル曲「時のほとりで/Used To Be」。このことだけでモータウンがどれだけシャーリンの新しいアルバムのプロジェクトに力を入れていたかがわかります。スティービーとシャーリーンのボーカルをレコーディングしたエンジニアが別にクレジットされていますが、デュエットでありながら別録音という難しい制作状況もシャーリーンがうまくスティービー独特の節回しを尊重し、一歩退いたバランスが功を奏し、またスティービーのものと思われるハーモニカの音色も効果的に使われて、美しいメロディーとハーモニーを持つヒット性を秘めた好トラックに仕上がっています。しかし、「スーパーマンはダラスで殺され、ビートルズのリードギターの命まで奪われた」と歌い始めるハードな歌詞はメロドラマ的なストーリーを持つ「愛はかげろうのように」と違って社会派の内容、これが災いしたのでしょうか、大ヒットを期待されてシングルカットされながらビルボードで最高位は46位と惨敗してしまいます。
 むしろ「愛はかげろうのように」の続編的な雰囲気を持つのは3曲目の「別れのシルエット/I Want Go Back There」[YouTube]になるでしょうか。なんとモータウンの総帥ベリー・ゴディーJr.とシャーリーンと同じくモータウンからデビューした白人女性シンガーでモータウンの映像部門の重役となっていたクリス・クラークのペンによるナンバー。そう思って聞くと、「私の人生に虹の輝きを与えてくれたのはあなた/もう一度あのころに戻りたい」とモーターウンを去ってしまったダイアナ・ロスへの未練をベリー・ゴディーJr.が吐露したような内容でもあり、ダイアナにこう思っていてほしいと妄想するような歌詞、さらに曲全体もダイアナ・ロスが華やかなステージで歌えば映えそうな構成。アレンジのケン・ハーシュがペンを振るいディオンヌ・ワーウィックが歌った「No One In The World」[こちら]を髣髴させるドラマティックな展開が個人的にも好みです。
 どこか幸薄げなシャーリーンのボーカルの魅力を最大限に引き出した波のSEから始まる「Rainbows」[YouTube]、ロン・ミラーがダイアナに書いた「Touch Me In The Morning」をイメージして作ったと思われるドラマティックな「If You Take Away The Pain Until」などなど「愛はかげろうのように」を好きになった方の期待を裏切らないナンバーが他にも収録されており、このあたりからシングルカットされていればまた別の結果があったかもしれませんね。(この文章には一部事実誤認があります、文末の訂正をお手数ですがご確認ください)
 たしか2000年前後ごろ、ホームページをはじめたのをきっかけに、女性ボーカル物をまとめて聞きたくて中古屋めぐりをして十把一絡げで購入したCDの中に混じっていて結局は埃をかぶらせてしまってほとんど聞く機会に恵まれませんでしたが、「時のほとりで」がヒットしなかったことでアルバムまで失敗作の烙印を押してしまうには惜しい作品だったことに、今回、発掘し初めて真剣に聞いて気づきました。

シャーリンは今?
 シャーリンについて今回、ネットで調べてみて今まで知らなかったことをいろいろ知り驚かされました。「時のほとりで」がヒットせずメインストリームから名前が消えてしまったその後についてですが、映画「プリシラ」がミュージカル化されシドニーでオープニングを迎えたときに、プロモーションの一貫としてシャーリーンが招かれて「愛はかげろうのように」を歌っている映像がYouTubeにありました[こちら]。これは1996年のことだそうです。また、2008年には「愛はかげろうのように」のダンスバージョンを新たにレコーディングしてイギリスでリリース、ダンスフロアーで好評を得てダンスチャートでTOP10入りしたのだとか[YouTube]。
 さらに調べ物を進めるうちにたどりついたのが、2010年の3月付のシャーリーンのインタビューをフィーチャーした記事[こちら]!!これを読むと、「愛はかげろうのように」がリリースから5年を経て大ヒットしたというドラマ以上のドラマがいくつも彼女の波乱万丈な人生にあったことがわかりました。
 まず「愛はかげろうのように」をレコーディングした当時、ロン・ミラーと恋愛関係にあったという告白に驚かされました。しかし、ロンにギャンブル癖があったことと彼女は体調を崩して難病の「Lupus(全身性エリテマトーデス)」と診断され生活スタイルを変えるよう忠告されたために、ロンと別れ、ミュージックビジネスから距離を置いたのだそうです。大学で心理学を学び心のよりどころとして教会へ通う生活中で、イギリス人男性と出会い、イギリスに居を移していたが「愛はかげろうのように」のヒットでアメリカへ戻るといもう一つのドラマが空白の5年間にはあったのです。
 そして、「愛はかげろうのように」の大ヒットを受けて商業的な「時のほとりで/Used To Be」を制作する一方で、「愛はかげろうのように」にがヒットの兆しが見える前にプロジェクトをイギリスでスタートさせていたゴスペルアルバムがほぼ同時期にリリースされていたことも初めて知りました。
 さらに、シングルの「時のほとりで」はやはり歌詞が、特に「12 years old and sex is legal」という部分が歌詞全体の流れを無視して問題視され、ラジオ局に受け入れられなかったと記事の中で分析しています。
 追い打ちをかけるように、モータウンはプロモーションをすぐに打ち切った上に、このアルバムの制作費をシャーリーンが負担しなければならない契約になっていたことや、次にレコーディングしたアルバムのリリースをベリー・ゴディーJr.に拒否された上に、税金の滞納問題で米国国税庁ともめるなど、シャーリーン夫妻はお金の問題に悩まされることになったそうです。もし「愛はかげろうのように」がヒットしてなければイギリスで平穏な生活ができていたかもしれないとと思うと同情を禁じえません。しかしその状況を救ったのも「愛はかげろうのように」でした。困窮していたところ映画「プリシラ」で「愛はかげろうのように」が使用されたことで、新たにクラブシーンでシャーリーンが脚光を浴びることになり、クラブやバーをまわるいわゆる「ドサ回り」的な仕事で財務状況が劇的に好転したと彼女自身が語っています。まさかドラッグクィーンが憧れるディーバ的な存在になるなど1977年に最初にレコーディングした時には考えも及ばなかったことでしょう。

アルバムの中で異彩を放つ「Heven Help Us All」
 ここでアルバムに話を戻しますが、収録曲のリストを眺めているだけだとモータウンがお得意とする過去の栄光のリサイクルでスティービー・ワンダーの1970年のヒット曲をロン・ミラーつながりもあってカバーさせたのかなぐらいしか思えなかった「Heven Help Us All」[YouTube]を聞いてみてびっくりしました。クワイアをバックに本格的なゴスペルナンバーに仕上がっており、アルバムの中で異彩を放っています。彼女の波乱の人生と併せて考えれば納得、並行してゴスペルアルバムまで制作するほど信仰心の高まっていた時期であり、「愛はかげろうのように」のヒットによる成功を甘受しながらも、2匹目のどじょうを狙ったポピュラーソングより、ゴスペルを歌いたい気持ちが強かった表れではないかとすら思え、そう考えるとシングル「時のほとりで」であえて社会性の強い歌詞に挑戦したことにも、彼女なりに使命を感じていた上での選択ではなかったかと思えてきます。アフロアメリカンの象徴的な存在であったスティービー・ワンダーとのデュエット、しかも人種差別問題を真っ向から取り上げた「エボニー・アンド・アイボリー」大ヒットの直後というタイミングから、仕方なくシャーリーンがスティービーサイドのスタンスに合わせたのかと、歌詞を読ンだ時の私の直感は少々あさはかでしたでしょうか。もしこのアルバムをお持ちの方がいらっしゃいましたら「Heven Help Us All」にもう一度耳を傾けていただければ幸いです。
 もしかしたらアルバム「Used To Be」は本国アメリカではCD化されず、日本でのみCDリリースされた可能性もあります。しかし、「愛はかげろうのように」のヒットでレンタル店などにも置かれていたことから(私が持っているのはレンタル落ちの中古)、流通量は少なくはなく、中古店やヤフーオークションなどでもよく見かけたものです。

追記 前述した記事[こちら]にはほかにもペトラ・クラークのバックコーラスをしていた話など、これまで知られていない彼女の人生について書かれていますので、シャーリーンファンの方にはご一読されることをおすすめします。

追記の追記
よくよく思い出してみると私の「愛はかげろうのように」は岩崎宏美のライブ盤で聞いたのが最初だった[YouTube]!大事なことなので追記しておきます(苦笑)。

さらに訂正
ダイアナ・ロスが歌ったらなんて書いた「別れのシルエット/I Want Go Back There」は書き下ろしではなくて文中にでてくるクリス・クラーク自身がレコーディングして60年代にりりースされていて[YouTube]、テルマ・ヒューストンもカバーしてることがわかりました[YouTube]。そしてダイアナ・ロスもレコーディングしたもののりりースが見送られ2007年になって「 Last Time I Saw Him: Expanded Edition」にて発表されました[YouTube]。ベリーがダイアナに歌って欲しがるような曲ですもんね。そしてシャニースも1995年に歌ってます。お詫びして訂正します。


posted by Alex at 16:55| 大阪 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | evergreen (女性ボーカル) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
怒涛の更新、有難うございます(smile)。

このアルバム、実家の近所の図書館にCDがあって、その昔借りてテープに録音したことがあります。
そのテープを探すより、ポチッとしたほうが早そうかな。
5年後のヒットに人生を狂わされ、そしてまたその曲に助けられる…読む分にはドラマティックですけど、ご当人は本当に大変だったでしょうね。
…しかし相変わらずモータウンはアコギな契約をしてること。K-POPも真っ青ですね。
Posted by Suzu at 2011年03月03日 22:02
Suzuさん
こんばんは!
勢いで書いちゃったので少しチェックすればよかったところで事実に誤りがあったので訂正を書き加えました。
本当にモータウン、80年代に入ってもそんなあこぎなことをやってたのかい!って思いますよね。マーサが恨み言を言い続けるのも仕方ないですよね。その点、メアリーは甘い汁吸うだけ吸っといてあれかい!って思いますけど...と、脱線してしまいました。
本当に、人生を狂わされたという表現がぴったりですけど、大変だったんでしょうね。映画化できそうですらあるんですけど。
Posted by Alex at 2011年03月04日 00:46
"I've Never Been To Me"はもともとメアリーマクレガーの為に書かれた曲…って、シャーリーンのバージョンがヒットしていた頃は情報としてインプットしたものですが(まぁ、当時の情報源って湯川れい子か小林克也だったりするんですけど)、シャーリーン→マクレガー→シャーリーンって順序だったんですね、正しくは。
で、再リリースの時に、あの後半の台詞の部分が書き加えられた、と。
まぁ、あの部分がなくても、女性の自立が叫ばれた70年代後半にはヒットしそうもない内容だった訳ですけど、確かにメロディだけを聴いているとポスト・オリヴィア的な感じがする曲でした。

"Used To Be"は、如何にも当時のモータウンらしい売り方でしたね。歌詞がシビアなのも"I've Never..."同様。
けれど、幾らスティーヴィーを絡めたところで、曲としてのインパクトに欠けてましたよね。
Posted by ぶらん丼 at 2011年03月06日 00:46
ぶらん丼さん
こんにちは!
メアリー・マクレガーのバージョンは全く知りませんでした。後半のモノローグ(生まれてこなかった子供を悼むような内容でしたっけ?)は確かに再リリースの際に付け加えられたようです。
ハーレクインロマンス隆盛だったころなので、そういったものにあこがれる女性に受けたのかな?なんて想像もしてみたり。モータウン的にはマホガニーのテーマがヒットしたのでその二番煎じ的に作ったのかなとも思いました、結局ダイアナが歌わずに流れ流れて...と何もかもダイアナ中心に考えるダイアナ脳でごめんなさい(smile)
Posted by Alex at 2011年03月06日 16:40
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック